七人の侍

映画 comments(0) - こぶたのゆう



昭和29年4月26日に公開された日本映画の最高傑作。監督は世界の黒沢明です。シナリオや映画のワンシーンひとつひとつに徹底的にリアリティをこだわり、綿密な時代考証も含めて非常に高い評価を得ています。後の多くの映画にものすごい影響を与えた映画です。上映時間207分と、3時間を越える大作のため、映画館では前編と後編にわけられていてその間に5分の休憩時間を入れるという方法を取っています。その間休憩と言う文字が画面に出ていて、音楽だけがかかっていました。ベネチア国際映画祭に出品する際、160分に収まるように再編集されたバージョンがあります。単なるカット版ではなく、監督自ら編集していくつかのセリフは新規アフレコ、オリジナル版で未使用の音楽の多用使用などがあります。この後このバージョンが海外及び日本(逆輸入)となり、反対にオリジナル版が見られないという状況になってしまいました。短縮版では菊千代をメインとした流れになっています。

荒れた戦国時代のとある農村が舞台です。戦に負けた武士たちが盗賊と化して(野武士です)村を襲って食料や女性を奪うという非道が日常的に行われていて、その村ではもう後が無い状態でした。このままでは自分たちも死ぬしかない。そんな時利吉という若い百姓が侍を雇って戦うべきだと主張します。みんな笑い飛ばしますが、長老と呼ばれる老人は昔村が侍を雇って野武士と戦うのを見たことがあるといいます。そして侍を雇うことになりました。代価は米。
町にでた利吉、茂助、万造、与平の4人は侍を見つけてはお願いをするのですが、全て断られてしまいます。そんな時、強盗に人質に取られていた子供をお坊さんに化けて救い出す勘兵衛を見ます。4人は勘兵衛にお願いをします。勘兵衛は無理だと断ります。話を聞いたところ最低でも侍が7人は必要だと言うのです。しかしそれを聞いていた宿に泊まっていた人足が、侍の身勝手さと百姓の現状を説きます。それを聞いて勘兵衛は心を動かされるのです。
先程の戦いぶりを見ていて弟子に入りたいと申し出てきた勝四郎と一緒に他の助っ人の侍を探すことになりました。勘兵衛の人柄に惹かれたという五郎兵衛、かつての仲間・七郎次、真面目なのか不真面目なのか分からない平八、恐ろしいほどの剣の達人・久蔵が仲間に入ってきます。そして最後に仲間に入ったのは、どう見ても侍ではないのですが、侍と言い張ってついてくる菊千代でした。
7人だけでは勝てないと考えた勘兵衛は、まず農村をひとつの要塞として守りを固めることにします。深い掘をつくり、バリケードを築きます。そして農民にも竹やりを持たせて戦いの練習を始めるのでした。

ここまでが前半です。後半は30人位いる野武士の数をどうやって減らすかという事をやっていきます。敵には火縄銃があるので、まずそれを奇襲して奪います。そしてわざと警備の手薄な部分を作ってそこにおびき出し、少人数にさせて数を減らしていく方法を取ります。長期戦になりそうな様子になり、勘兵衛は農民の体力の消耗も考えていよいよ最終決戦に踏み込むのでした。このように数が多いとはいえ戦を知らない農民とたった7人の侍が、30人を越える野武士の軍団に勝つためにはどうすればいいのか、をリアリティに描いています。相手は戦を生き抜いてきたんですから、やっぱり強いです。それに若い武士勝四郎と村の娘・志乃との恋愛があるんですが、当時の農民の娘と武士では結ばれることはありません。これにも悲劇が待っています。そしてラストの最終決戦はものすごい迫力。本当に馬から落馬したり、豪雨の中での迫力満点の戦シーンは、今見てもすごいとびっくりするような映像です。当時なんか目が点になったんじゃないでしょうか。当然CGなんか使ってないですからね。

島田勘兵衛に志村喬、菊千代に三船敏郎、岡本勝四郎に木村功、利吉に土屋嘉男、志乃に津島恵子。そういえば時代劇で人を斬る時のザクッっていう音、あれを一番最初にやった人が黒沢明です。『用心棒』という映画で初めて使われました。この映画は昭和36年なので、『七人の侍』の時には人を斬る時の音はありません。この映画には沢山の有名人が影響を受けていて、フランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグなどが師と仰ぐほどです。特にスピルバーグは、撮影や製作に行き詰ったときには必ずこの映画を見るのだそうです。

コメント一覧
コメントする

 

無料ブログ作成サービス JUGEM